半世紀破られなかった「かけ算の壁」をAIが破った|AlphaTensor
大きな数表どうしの「かけ算(行列の積)」は、AI やゲームの計算の土台です。その手順を、AI が 50 年ぶりに更新しました。2022 年の AlphaTensor は、人類が極限まで磨いた定番より速い計算法を、自力で発見したのです。やさしく解説します。
スマホの画像処理も、AI の学習も、ゲームの 3D 描画も——コンピュータの内部では、数字を並べた表(行列)どうしのかけ算が、とんでもない回数くり返されています。だから「行列のかけ算を速くする」ことは、世界中の計算をまるごと底上げするのに等しいのです。
ところがこの計算手順は、長らくほぼ完成されたと思われていました。1969 年に数学者シュトラッセンが画期的な高速化を発見して以来、半世紀も大きな更新がなかったのです。その壁を 2022 年、Google DeepMind の AlphaTensor が打ち破りました。
何をした研究なのか
AlphaTensor は、囲碁やチェスを極めた AlphaZero の流れをくむ AI です。研究チームは、「行列のかけ算をいかに少ない手数で行うか」を、一種のパズルゲームに変換しました。
- ふつうに計算すると、かけ算(乗算)を何回も行う必要がある
- この乗算の回数をできるだけ減らすほど高得点
- AI は無数の計算手順を試し、強化学習でより短い手を探し続ける
乗算は、コンピュータにとって比較的「重い」処理です。だから回数を 1 回でも減らせれば、その計算は確実に速くなります。
何を見つけたのか
AlphaTensor はまず、人類の英知であるシュトラッセンの手順を自力で再発見しました。そして、そこで止まりませんでした。
- ある特定の条件(4×4 の行列)で、シュトラッセンの方法を 50 年ぶりに上回る新手順を発見
- 別のサイズでも、人間が磨いた手順(たとえば 80 回の乗算)を、さらに少ない 76 回へと短縮
- しかも、ひとつの正解だけでなく、サイズごとに何千通りもの効率的な手順を見つけ出した
「行列のかけ算」という、数学者が知り尽くしたと思っていた世界が、実はまだまだ豊かだった——そのことを AI が示したのです。
いちばん面白いのはここ
注目したいのは、AlphaTensor が 人間の直感の外側に踏み込んだことです。長年「これ以上は無理だろう」と信じられていた領域に、AI がまったく別の角度から新しい一手を持ち込みました。
これは、以前紹介した「ソート(並べ替え)を AI が高速化した AlphaDev」と兄弟のような成果です。人類が極限まで最適化したつもりの基礎技術にも、まだ伸びしろがある——AI は、それを掘り当てる新しい“探鉱者”になりつつあります。
ひとつ注意
AlphaTensor が更新したのは、主に特定サイズの行列の手順です。「あらゆる計算を AI が人間超えで設計する」段階ではまだありません。また、発見された手順がそのまま全ての場面で最速になるとは限りません。それでも、半世紀動かなかった壁に風穴を開けた意義は、計り知れません。
持ち帰り
「もう改善できない」と思われた場所にこそ、AI は新しい答えを見つけることがあります。AlphaTensor は、基礎研究と現実の計算の両方に効く、夢のある成果です。完成したと思える仕組みも、視点を変えれば前進できる——技術と向き合うときに忘れたくない姿勢です。
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