プロが「ミスだ」と思った一手|AlphaGo 第37手の衝撃
2016 年、囲碁の世界王者に挑んだ AlphaGo。第 2 局で放った「第 37 手」は、人間なら 1 万分の 1 しか打たない一手でした。最初はミスかと疑われたその手は、やがて“美しい妙手”と讃えられます。AI の創造性をめぐる物語です。
囲碁は、チェスや将棋よりもはるかに「場合の数」が多く、コンピュータが人間のトップに勝つのは当分先——長くそう信じられてきました。盤面の組み合わせは宇宙の原子の数より多いとも言われ、力ずくの計算では歯が立たないからです。
その常識を覆したのが、Google DeepMind の AlphaGo です。2016 年 3 月、ソウルで世界トップ棋士・李世乭(イ・セドル)九段との五番勝負に臨み、世界中が見守りました。そして第 2 局、AlphaGo はある一手で、観戦していたプロたちを凍りつかせます。
何をした研究なのか
AlphaGo は、2 種類の“勘”を持つ AI でした。
- 次の一手の候補を直感的に絞るニューラルネット(打ち手の感覚)
- その局面がどれくらい有利かを見積もるニューラルネット(形勢判断)
この 2 つを、先を読む探索(モンテカルロ木探索)と組み合わせます。さらに、過去のプロの棋譜で学んだあと、AI 自身どうしを何百万局も対戦させ、人間の枠を超えて強くなっていきました。
あの第37手
問題の場面は第 2 局の 第 37 手。AlphaGo は、プロの常識ではまず打たない、盤の右辺の“肩”をつくような意外な場所に石を置きました。
- 解説のプロ棋士は「これは間違いでは?」といったんは戸惑った
- のちの分析で、人間がこの手を打つ確率は約 1 万分の 1 とされた
- ところが対局が進むにつれ、その石が盤全体でじわじわ効いてくる
最初は奇妙に見えた一手が、**終わってみれば勝利を呼び込む“妙手”**だった——。人間が何百年も積み上げてきた定石の外側に、AI は新しい美しさを見つけてみせたのです。AlphaGo はこの第 2 局を制し、シリーズも 4 勝 1 敗で勝ち越しました。
いちばん面白いのはここ
第 37 手が衝撃的だったのは、ただ強かったからではありません。「人間が思いつかない、しかし正しい手」を AI が生み出した——いわば AI の“創造性”を、多くの人が初めて目の当たりにした瞬間だったからです。
そして物語には続きがあります。3 連敗していた李世乭は、第 4 局で逆に 第 78 手という驚異の一手を放ちます。これは AlphaGo の側から見て「人間が打つ確率 1 万分の 1」、のちに “神の一手”と讃えられた妙手でした。AlphaGo はこれに対応しきれず、人間が AlphaGo から奪ったただ一つの勝利となりました。
AI が人間に新しい一手を教え、人間も AI に新しい一手で応える——。第 37 手と第 78 手は、その鮮やかな“対”になっています。
ひとつ注意
第 37 手の鮮やかさは、AI が「考えている」ように見せます。けれど AlphaGo がしていたのは、膨大な対局から勝ちにつながる手の感覚を磨き上げることであって、人間のように意味を理解していたわけではありません。とはいえ、結果として人間の発想を超える手を生み出した事実は、「知性とは何か」を問い直すきっかけとして、今も語り継がれています。
持ち帰り
AI は人間の模倣にとどまらず、人間が思いつかなかった答えを示すことがある。第 37 手は、その可能性を世界に知らしめた一手でした。AI を「人の仕事を奪うもの」ではなく「人の発想を広げる相棒」として捉えると、見える景色が変わってきます。
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